「寄せ書き」の効能

渡哲也/パーフェクト

(2枚組ベストLP)

こっちが問題の裏面。

世間一般に言うと「秋葉原」なる土地は、電化製品かオタクグッズの町として認識されている風潮があるのだろうが、オレは「中古盤を漁る町」として認識している。
ある日、行きつけのジャンク屋の一角にある中古盤コーナーでイカした1枚を発見し、200円で迷わず購入。まあ「渡哲也」の2枚組ベストLPなんだけど、このジャケ裏には一発でノックアウトされちまった!前の持ち主が何故か、「昭和任侠伝」の出演者の寄せ書きを模した汚い書き込みをしてるのだ!オマケに下段には「山口組外伝 九州侵攻作戦」とまでご丁寧に書き込んであった。

渡瀬恒彦、梅宮辰夫、伊吹吾郎、松方弘樹、高倉健、菅原文太、そして安藤昇!前の持ち主は何を思って疑似寄せ書きをしたのかは、知る由もない。だがオレにとっての「男」の目標である安藤昇の名が有っては、買わないわけにはいかない。きっと前持ち主の中の燃えたぎる「何か」が寄せ書きをさせたのかと思うと、切ない気持ちにさせられる。ちなみにこのアルバムには、渡哲也の最大のヒット曲「くちなしの花」の他、「網走番外地」まで収録されているのが何とも言えない。欲を言えば「男が死んで行く時に」をカバーしてたら最高だったが、「まとめてアバヨを言わせてもらうぜ!」のセリフは安藤でなければ意味がないのかもしれないんだろうな。

現在、このレコードは自室の壁に飾られているが、妙なオーラと臭気を放っていることは言うまでもない。





究極の「メディア」 〜コンラッド・シュニッツラー宅訪問記
今までとは趣向の違うコンテンツにしてみました


オレの仕事をありていに言うならば、アーティストの“作品”を“商品”にするという仲立ちであるわけだが、今までお付き合いしてきたあまたのアーティストの中で、最も印象的な人と言えば、間違いなくコンラッド・シュニッツラーだろう。
契約書の見本をメールで送れば「もうこれで大丈夫」と、見本をプリントアウトしてサイン付きで送り返してくれたり、曲名をつけるのが大嫌いで「曲名が必要なら好きにつけたまえ」という予想だにしない返答をくれたり、日本公演を打診すれば「では代理人に日本に行ってもらう」と、通常では理解できない提案をされたり。

だが、これだけは言っておこう。
オレはそんなコンラッド・シュニッツラーが神々しくて大好きなのだ。





CONと筆者(と愛犬)裏庭にて

2009年10月、オレはベルリンの友人宅に滞在していた。
滞在の最終日はついにCONのお宅にお邪魔することになった。友人宅のあるベルリン中心部から数十分、小雨降る郊外の小さな駅で降り立つと、駅舎の片隅にぽつねんと佇む老人がいた。
間違いない。あの“テレビ画面に映った入道頭”、コンラッド・シュニッツラーだ!
まるで久しぶりに会った孫でも迎えるかのように、CONはオレを情熱的に抱擁した。

彼の運転する小型乗用車(スズキ製)で方々を案内されながら、ご自宅に着いた。まずは犬たちの熱烈な歓迎を受けながら裏庭に通され、かなり立派な家庭菜園と周辺にいる野鳥の紹介が始まる。

「あのカケスの名はチャーリー。とても頭がよく、人に慣れている」

とにかくこのチャーリーの話はいつまでも終わらず、家に入ってからもしばらくは野鳥の話が続いた。


大歓迎の犬たち



CONの家は整理が行き届いて、まったくムダなものがない。そのうえ壁やインテリアは白と黒のモノトーンで揃えられ、あたかも彼のアルバムジャケットがそのまま実体化したかのような住空間だ。特製のジンジャーティーとプレッツェルで歓迎され、見渡せば年老いた犬たちも同室でCONの周りでくつろいでいる。野鳥の話が一段落つくやいなや、こんどはその犬の話が続く。

「この犬たちは、新聞の里親探し欄で家内が見つけて引き取った」

犬たちの不憫な境遇や、CON宅にやってきた経緯など、独語の単語を交えながら説明された。

ふと我に返る。
一般のファンならば、ここでCONとマニアックにな作品の話でもしたいところだろうが、オレはまったくそんな気にはならなかった。いや、むしろ音楽に関わる話題は意図的に避けたいとさえ感じていた。こんな稀有な瞬間を、無粋な質疑応答で台無しにしたくはなかったからだ。


室内で




地下室

犬の話もひと段落し、ついに地下室に案内された。そこには音楽を制作しているスタジオ、グラフィックデザイン用のデスクなどがある。まさしく聖域とも言える空間に“日本人初”として立ち入りが許されたというわけだ。

スタジオに入ってみる。あらゆるものが整然と並べられ、中には自分で改造したとおぼしき機材もいくつか目に付いた。

「日本製の機材は性能が良いから良く使っている」

日本人であるオレに気遣ってくれたのだろうか、こんな発言も飛び出す。
そしておもむろに機材を操作しだした。

「こうやって曲を作る」

数秒間だけだったが、CONはオレの目の前で音を出して見せてくれた。

こんな孤独な場所で日々創作活動に勤しむCONの姿を想像してみる。
気が遠くなり、目眩がした。






サインの練習中。「本物」のゴム印がずらり
(手前のマジックは筆者が日本から持参したもの)

リビングに戻り、こんどはオレのライフワークに協力してもらう。
実はオレ、今まで会ってきたミュージシャンには必ず色紙にサインをもらい、記念撮影をしている。拙宅にそれをたくさん飾り付け、室内を“人気ラーメン店”のようにするのがささやかな野望なのだ。

「それならば、ハンコが必要だな」

と、CONは奥の部屋からゴム印が入った小箱を持ってくる。CONTEMPORAのオリジナル印や、自身の横顔、自身の名前のロゴ印などが無造作に納められていて、さすがに驚かされる。それが日本の100円ショップで調達した色紙に次々と押されていく。

「最後はこれが無くちゃね」

福々しい右手をかざしたかと思うと、親指の指紋が力強く押印された。これで世界に一つしかないCON特製の色紙の出来上がりだ。




そして、次にもらったのが写真の『遺伝子パック』である。小さなビニル袋に、CONの写真と頭髪が封印されている。いわば“コンラッド・シュニッツラーという一連の作品”の根源、究極のメディアというわけだ。

「これを残しておけば、君たちはいつでもどこでも私に会うことができる」

なんだか嬉しくてたまらなかった。自分の仕事の延長で、こんなイカした繋がりができたことを最高に誇りに思った瞬間だ。
またCONは、この遺伝子パックを世界中に埋めるプロジェクトをやっているという。オレも郷里近くの日本海に持参することを約束した。


遺伝子パック(表・裏)
髪の毛、実はあります




疲れて眠ってしまった老犬

「日本語で別れの言葉は『サヨナラ』でよかったかな?」

家を去ることとなり、またCONの運転で駅まで送ってもらう。
車中で突然、こんなことを言われる。

「この辺は外国人だけで外出しちゃダメだよ。でも私といれば大丈夫だから」

今さらながら、自分がこの国で外国人であることを再認識させられる。そしてまた、外国人である自分を快く歓迎し、受け入れてくれたCONの気持ちが嬉しかった。
駅に着いたが小雨はいまだ止まず、10月だというのにかなり肌寒い。
いかにもドイツらしい無骨で愛嬌のある電車が時刻表通りにホームに入ってきた。お別れのときだ。
ドアが閉まってもCONもオレも手を振り続けた。

その時、CONの親指がスタンプインクで黒く汚れていたことを、オレは見逃さなかった。




残念ながら、いまだにCONの遺伝子を日本海に持っていく機会に恵まれず、実現に至ってはいない。いつもオレが帰省するのは盆と正月。日本海といえば盆は海水浴客でにぎわい、冬は冬で“鬼太鼓”が聞こえてきそうなほど荒々しい。いずれにせよ帰省時に不用意に近づくのは自殺行為に等しいのだ。

言い訳はともかく、プロジェクトに協力できた暁には、こちらのサイトでお知らせしたい。

以下準備中

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