あら、あったのね!?

FREUNDE DER NACHT / same

(10")

ALRIGHT BROS./ That's Alright Mama

(12")

「点と点が線でつながる」という表現があるが、まさにその体験をした2枚。
2003年の秋にMALEの再発を手掛けた際に、オレはユールゲン・エングラーとステファン・シュヴァープと何度かやりとりをした。ステファンとクラウス・リッターがMALEの後にFREUNDE DER NACHTというバンドをやっていたのは知っていたので、ステファンへの私信の中でその事に触れたら喜んでくれた。まあ素性の知れないアジア人からそんなこと言われりゃ無理からぬことだろう。

その後、MALEのリリースに向け資料を集めていたら、ステファンはクラウスと90年代にALRIGHT BROS.なるバンドもやっていることが判明。機会があったらいずれ聞きたいもんだと思って、その時はそのままにしておいた(と言うか、すっかり忘れていた)。

で、MALEのリリースも一段落した翌年、何となく自宅のレコード棚を整理してたら、見覚えのない12インチを発見。何だこりゃ!?と思いつつクレジットを見ると、クリス・リーッツ(ディー・クルップス)の名を発見!さらにはステファンとクラウスの名も!これがALRIGHT BROS.か!なんだ持ってたんだ、オレ!?でも、どうやって手に入れたのかすら思い出せない...。多分、6〜7年前にドイツから有象無象の中古盤を大量輸入した時の1枚だろうけど、確証はない。

まあ良い。リリース担当したCDを中心に、さまざまな事象が結びつくのって興味深い。次は何が関連付けられるのか、ワクワクするね。





「リラの天使」は「ラインの黄金」

LILAC ANGELS
/ I'm Not Afraid To Say Yes!

RHEINGOLD
/ same

RHEINGOLD
/ R.

RHEINGOLD / Das steht Dir gut
(7 inch)

RHEINGOLD
/ Via Satellit
(7 inch)

NEONDIAN
/ same
(Original LP)

その昔、クラウス・ディンガー(NEU!)によるプロデュースでデビューし、フェスティバルまでやらかしたドイツのグラム・ロック・バンド、ライラック・エンジェルズ。だが不運にも成功がおさめられなかっただけでなく、プロデューサーのクラウスも莫大な負債を背負い込むことになった「いわく付き」のバンドだ。1973年発表の唯一のアルバム(注:その他にもアルバムが出ていたことが確認されましたので、ファースト・アルバムのことです)、今もって「隠れた名盤」みたいに言われることもあるけど、その周辺の足跡を知ってる人って、あんまりいないんじゃないだろうか?

未確認情報ながら、ライラック・エンジェルズが紆余曲折を経て発展したのが、ニュー・ウェイヴ・バンド、ラインゴルトだというのだ。90年代にはメンバーであるローター・マントイフェルが、元クラフトワークのカール・バルトスとエレクトリック・ミュージックを結成したことで再評価されたのを記憶してる人も多いはずだ。日本で出たビデオ「スピリット・オブ・ジャーマニー」にはラインゴルトの最大のヒット曲、"Fan Fan Fanatisch"のプロモが収録されていたので、ご覧になった方も多いことだろう。彼らのほとんどの作品は故・コニー・プランクがプロデュースしているが、すごく「時代」を感じさせる作風(あえてオレはソレ以上のツッコミはしない)。
その後もう一人、リーダーのボド・シュタイガーは、クラウス・ディンガーのネオンディアン(実質的にラ・ドュッセルドルフの4枚目)に、ベルフェゴーレのメンバーらと参加していた。やっぱり人脈はしっかり続いてたのね。改めて聴き直すと、この2バンドの音質がすごくにているのも納得。

まあ長いことミュージシャンであり続ていれば、名を変え品を変え活動していくこともあるだろう。'70'sジャーマン・ハード・ロック・バンド、タイガー・B・スミス(タイガーロック!!!)がニュー・ウェイヴ・バンド、キングコングになったり、クラウト・ロックのフィールドで活動していたSANDALUと名を変えたり...。

日本でも名優、宇津井健が特撮変身ヒーロー、スーパージャイアンツを演じていたのは周知の事実なワケだが、今日ではその話題に触れると急に不機嫌になるという。

と、いうことでオレも、いらぬ過去の詮索をこの辺で止めておこう。

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2009年、晴天の霹靂に状況急転

「いらぬ過去の詮索をこの辺で止めておこう。」と締めくくってから時は経ち、何の因果かライラック・エンジェルズの紙ジャケット再発を手掛けることになってしまった。いろいろ情報や資料が集まってきているので、このコンテンツを最新版に更新!

まずは事実誤認の訂正から。

1)ライラック・エンジェルズは1973年のアルバム以外にも、1978年にセカンド "Hard To Be Free" をリリースしていた。また1981年にはCANスタジオでサードも録音されたが、先行シングルが出されただけでお蔵入りになっていたことも判明。

2)ラインゴルトと重複するメンバーは、セカンド "Hard To Be Free" に参加していたボド・シュタイガーのみ。

3)サード・アルバムはCANスタジオで録音され、「あの人」も参加しているとのこと。

と、いうワケで、2009年には以下の3タイトルがデジタル・リマスター&紙ジャケットで発売!
◆ライラック・エンジェルズ/アイム・ノット・アフレイド・トゥ・セイ・イエス! (CTCD-645)
◆ライラック・エンジェルズ/ハード・トゥ・ビー・フリー (CTCD-646)
◆ライラック・エンジェルズ/L.A.III (CTCD-647)

★2009年秋、デュッセルドルフにてジョー・スティックとお会いしました。同地の名所(?)ホテル・ニッコーのカフェでお茶をごちそうになりました。日本からもってきたお土産の手ぬぐいを「はちまき」にして日本風に振る舞ってくれたり、サービス精神旺盛な方でした。またお会いしましょう!




 君は人のために(以下略)

事情!

MITTAGSPAUSE
(2 x 7")

FAMILY 5 / TRAUM VON UEBERMORGEN
(7 inch)

NOT MEAN THEMSELVES
(7 inch)

CAMP SOPHISTO / OBSESSION
(7 inch)

FEHLFARBEN / MONARCHIE UND ALLTAG

FEHLFARBEN / KNIETIEF IM DISPO

学校というシステムから落ちこぼれたオレが、人サマに順位を付けるのもどうかと思ったのだが、80年代ドイツの音楽シーンにおいて一番影響力のあった人物は誰か考えてみた。

それは間違いなくペーター・ハイン(ジャニー・J・ジョーンズ)であると、オレは確信する。シーンのファミリー・ツリーを作成したなら、人脈の根幹を成す『KING OF PUNK IN GERMANY』と言うべき重要人物だ。

ドイツ初のパンク・バンド、メイルがが空けた突破口に、シーン全体の起爆剤として機能したのがペーター率いるミッタークスパウゼだった。テクニックより勢い、様式よりもアイディア、といった彼らのスタイルが当時の若者たち多大なる影響をに与えた。いわば全てのドイツのニュー・ウェイヴ・バンドたちの原点となった存在である(その重要性が日本で認識されていないのは残念としか言いようがない)。彼ら無くしてはDAFすら存在し得なかっただろう。実際、DAFのガビもミッタークスパウゼのメンバーだったワケだし。

ペーター自身はその後フェールファーベン、ファミリー5、キャンプ・ソフィストといった重要なジャーマン・ニュー・ウェイヴのバンドを遍歴し、他にもゲストとしてディー・クルップスの作品なんかにも参加している。なおフェールファーベンは、ゴールド・ディスクを獲得するほどのビッグ・バンドへと成長し、現在も第一線で活躍中だ(ファミリー5も現役ね)。

さて今度はオレが思う「男を感じる人物」を考えてみた。ペーターは3位にランクイン!ちなみに1位は杉良太郎、2位が志垣太郎。次点は石田純一(ただし今から15年後)ということになった。
まあ順位なんてものは、他人にしてみればそれぐらい無意味なのかもしれないが。





 ダビングの鬼!

ARNO STEFFEN
/ SCHLAGER
(LP)

アーノー・ステファン
/シュラーガー
(LP)
<ワーナーパイオニア>

ARNO STEFFEN
/ SUPERGUT (NE)?!
(7" Single)

オーヴァーダビングで作られたアルバム、といわれて真っ先に「マイク・オールドフィールドのチューブラーベルズ」を連想するのは、かなりオッサン、オバサンの域にどっぷり浸かってる方々だろう。だからといって、「アーノー・ステファンのシュラーガー」を思い浮かべた人もかなりのもんだ。オマケに「マニア」が入ってる。
このアーノーさん、実はミュージック・パフォーマーらしい。1983年にリリースされた彼のセカンド・アルバム「シュラーガー」は、コニー・プランクによってプロデュースされた過剰なるオーヴァーダビング作品だ。うたい文句によれば通常の楽器は使われてないらしい。サンプリングが当たり前なご時世から見れば、当たり前な作風かもしれないが、その熱意にはただ脱帽する。アンタは偉い!

作品の内容に触れるのはこのサイトの趣旨に反するので避けるが、とにかく凄い。まあ軍靴の行進音のようなのが入っていたり、ステレオタイプなドイツ人の常套句が見え隠れする部分もあるが、差し引いても彼の熱意には再度脱帽。アンタは偉い!ホント!!当時、トチ狂った日本のレコード会社が国内盤まで出してるしな(でも売れなかっただろうなぁ...)

で、このアーノー氏の素性をひもとけば、なぜかジャーマン・プログレ・バンド、トリアンヴィラート最終期のメンバーだったそうな。このギャップにオレの思考回路は完全停止...。

まあとにかく、スゲエよ、アンタ!



★追加情報:アーノーさんは1986年、メビウス(クラスター)とプランクの3人で南米ツアーを行っていたようだ。どんな内容だったのだろうか?こんどメビさんに会ったときに聞いてみようと思う。
それにしてもソソるトリオ編成だな!




 ジョイ・ディヴィジョンの尻尾・その3

GRAUZONE / MOSKAW
(7")

GRAUZONE / EISBAER
(7")

GRAUZONE / same
(CD)

GRAUZONE / TRAEUME MIT MIR
(7")

STEPHAN EICHER / SILENCE
(LP)

STEPHAN EICHER / MY PLACE
(LP)

「スイスのジョイ・ディヴィジョン」などと評されることの多いグラウツォーネ。確かに内側に向かっていく「なにか」には類似性も見受けられるように思う。・・・が、中心人物のステファン・アイヒャーのソロまでの流れを追っていくと、ちょっと違った像が見えてくる。この人は当時、スイスじゃかなりのビッグネームだったようで、アリーナでコンサートやったりしたほどっだたとか。となると事情も違う。いろいろ思いあぐねてみると、日本でいえば布袋寅泰のようなポジションらしい。
だったらグラウツォーネって、スイスのBOOWY!?んじゃ弟のマーティン・アイヒャーは氷室京介??
『キルビル』で布袋が世界的評価(?)されたからって、畑が違いすぎやしないか?

いずれにせよジョイ・ディヴィジョン神話から生まれた徒花的偶像だな。そのせいか、オレにはジョイ・ディヴィジョンの再評価みたいなのにはいまだに抵抗がある。






 時流に乗り、一曲だけ

JOACHIM WITT / Edelweiss(1982)

WEA 0630 13760-2

いまだにi-Podとか使う気になれない旧デジタル世代のオレからみれば、最近の若いモンの音楽の聴き方はなっちゃいねぇ。
主流となるmp3の音質が悪いのは今さら言うに及ばないが、もっとも酷いと思える状況は、「アルバム」という概念は存在せず、自分でツギハギしてオリジナル★ベストを作るのが当たり前の聴き方なんだとか。

アルバムはアーティストがコンセプチュアルに製作した「作品」だ。素人がバラバラにすること自体、作品に対する冒涜なんだ!必ずアルバム単位で聴け、と声を大にしたい。

なんだか青い性をもてあました中学生が、お気に入りのエロ本の写真をスクラップするような行為に似てるよな。同程度の幼稚さってコトだね。まあエロ本スクラップはプリミティヴで評価できるが、コピー可能なデジタル物にその価値は見出せない。

...とは言うオレだが、アルバムの中の1曲しか聴かないCDも結構あるんだよな。
その典型が上記、ヨアヒム・ヴィットの「エーデルワイス」。昔、東芝から出ていたビデオ「スピリット・オブ・ジャーマニー」に何故か"Ich fahr' nach Afrika"1曲だけ入っていたので、アルバムを買ってみたのだが....。
最初に思ったのは「なぜあのビデオに、このミュージシャンが選ばれたのだろう?」という疑問だけ。この疑問は永遠に「謎」のままだろうけど。

でもオレ、このアルバムはきちんと通して聴いたよ。1回だけなんだけどさ。たぶん忘れた頃にまた通しで聴くことでしょう。次回の感想はまた、いずれ。

※情報提供してくれたhikaruさん(nankado)ありがとうございました!





 ゴミの真贋

DIN A TESTBILD / Glas Konkav

(7", B面タイトルは、まんま"Garbage")

真贋が問われる問題のゴミ

ベルリンのDIN A TESTBILDは、マラリア!やブッツマンなんかとの人脈があったり、アルバムのプロデューサーがクラウス・シュルツェ御大だったりする割には、日本のメディアではまず取り上げられない良質なバンドの典型だ。
彼らデビューシングルについて、かなり以前から存在だけは知っていたのだが、その装丁の特殊さを知ったのは2002年。デュッセルドルフを訪れた時に美術館で行われていた、ドイツのパンク/NWのエキシビション"Zruck zum Beton"で購入した目録に載っていた写真だった。透明のポリ袋に、7インチシングルと大量のゴミが無造作に封じ込まれたソレは、他のどんなレア盤の写真よりも異様なオーラを放っていた。

時は過ぎ、幸運にもこのレコードを入手する機会に恵まれた。自宅にブツが届くや否や、異常さを体感すべく袋を開いて問題の「ゴミ」を手に取ってみた。
あれ、なんかおかしい・・・。
例の目録の写真とは違う!紙くずに混じって落ち葉まで入っているではないか!
そのうえ1979年のリリースから30年ほど経っているはずなのに、枯葉の状態が新し過ぎるのだ。

おそらく、このレコードの前の持ち主はオリジナルのゴミ再現のために、「本来の意味のゴミを加えたとしか思えないのだ。

オレはここしばらく仕事で紙ジャケットでのリリースを数多く手掛けてきた。「オリジナル・レコードを忠実にミニチュア化」なんてことばっかりやってたせいか、「オリジナル」というものに対しての考えが一般の人よりは厳しいのだろう。それゆえ「再現」の粗雑さに少々失望したのも事実。

真贋が気になるなら、C14年代測定法でもやるしかないな。
まあどっちにしろ「ゴミ」には変わりないんだけどさ。

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